海外赴任マニュアル

 

      


 

第1ステージ 海外赴任が決まったら

 

筆者が担当した海外赴任研修会で参加者から求めたアンケートを統計してみると、始めて海外赴任することになった人が最初に抱く疑問・不安は大体次の項目にまとまります。

 

  • 現地の様子(治安・衛生・物資調達・学校)はどうか。

  • 自分達には海外生活適応性があるだろうか。言葉に自信がないが生活に支障ないだろうか。

  • 海外赴任の段取りはどうなっているのか。

  • 赴任やその後の生活にどのくらい費用がかかるのだろうか。

  • 海外で病気になったらどうするのか。

 

これらの疑問について順次述べて行きましょう。

1 海外赴任に当たっての心構え

 

1-1 海外赴任は家族結束の機会です

 

海外赴任は、自分のみならず家族全体の環境激変を意味する人生の転機です。特に、初めて海外赴任する人は、とりあえず何から手をつけるべきかうろたえている間にも刻々と時間が過ぎて行きますし、現地でも、生活環境や仕事の環境が激変して不自由・戸惑いが多く苦労するだろうと先行きが不安でパニックに襲われることでしょう。

しかし、海外赴任は、たとえ単身赴任でもご主人に全部まかせて済ますことは出来ず、奥さんや子供さんを含めた家族全員が共同して事に当たらなければならないことですが、今の日本ではめったに得られない機会なのです。

家族の各々が力を合わせて赴任の準備・作業をこなし、赴任地では懸命に慣れない様々な問題を乗り切る姿を見れば、今まで気付かなかったお互いの良いところが分かって来ます。海外赴任は家族間の信頼と結束を固める絶好の機会です。


1−2、案ずるより生むが易し

海外赴任は、初めての人が如何に事前に研究・準備をしたとしても、経験者と同じ様に赴任してすぐ円滑に業務や生活を開始・展開する事は望める事ではありません。万全を計ってあまりにあれこれ思いを巡らすよりは、「最初の赴任は、万事不慣れ・不充分が当然。出たとこ勝負」と開き直ったほうが結果的に良いと思いますし、事実、それで皆さんは立派に現地適応しています。案ずるより生むが易しというのは、海外赴任に良く当てはまる諺なのです。自信を持って異文化体験を存分に楽しみましょう。

 

2 海外赴任全般についてのアドバイス


2-1 赴任国の状況把握は正確か

赴任地の事情は、その国その国によっても、その国の各地域によっても大差があります。また、万年一日の如しと眠っているような国がある一方、アセアン諸国の様に経済発展の速度が著しく一日一日社会状況が変化している所もあります。

いろいろな途上国の話を断片的に聞いて自分なりに一把一からげにしてそれで自分が行く国を理解したような気になったり、行き先国の話でも昔の事情を聞いて今を推測して理解したつもりになってはいけません。インターネット含むいろいろな手段で、個々の赴任国の最新の情報を集めることが大事です。(情報入手先は後述4-1-3)参照)


2−2 派遣の形で違う海外赴任

海外赴任作業は、どこの国のどこ(都会か農村か)に派遣されるのか、公的派遣なのか民間派遣なのか、単独派遣なのか現地に仲間がいるのかなどによって異なります。例えば、公的派遣ならばビザも公用ビザとなり、携行品について相手国から免税特権があたえられる事がありますが、民間派遣ならば免税特権どころか滞在ビザを取ることにも苦労することがあります。
 また、赴任先に仲間がいるときには、到着時に飛行場への出迎えやその後の家探しに至るまでなにかと助力が期待できますが、単独派遣だと何から何まで全部自分でやらなければなりません。


2−3 赴任先の業務環境   

途上国は、一般に公私とも環境はかなりファジ−な世界です。

 

2-4 言葉と言葉が十分でない時の対策

 

日常生活上で必要な言葉は、意外に少なくて用が足りますし、すぐ覚えます。(ス−パ−マ−ケットの出現に感謝しましょう)

一方、仕事を遂行するためには、ボデ−ランゲジだけでは難しいことです。出発までの短い期間でも辞書や会話集を家中のあちこちに置くなどして、勉強するなどの努力が必要でしょう。また現地では、最近の発達した電子機器を携行して利用するのも工夫です。

言葉が不自由でも、うまく仕事を進めることは決して不可能ではありません。それには、次の様なことを心得ることでしょう。

相手の側の信頼を得ること。

仕事に取り組む姿勢が真摯であれば、言葉の出来不出来を越えて相手側の信頼が得られます。信頼が得られれば自ずと仕事は進みます。

洞察力(推察力)を身につけること

 言葉が出来ない時は、それだけ洞察・推察力が必要になります。 途上国では、人々の組織・仕事に対する忠誠心・権限についての考え方、勤労観などで日本と違うことが多のですが、それにはそれなりの歴史的背景や社会の現実があります。この点を早く会得する事が洞察力を養い、円滑な仕事を進めるコツとなります。早い内から、参考図書や関係の業務報告を読むなどして、彼我の社会制度の相違を頭に入れておくことをお勧めします。基本的な状況を理解しておけば、細かい適応については現場で何とかなります。

言葉が不自由な分、手間を惜しまない。

重要事項は後からいちいちメモを作りカウンタ−パ−トや相手国側に渡して確認するなど、それなりの意志疎通への手間と努力が必要です。

 

2-5 熱意を持続しよう

 

途上国では、業務体制も相手のやる気も相当ファジ−でのんびりしています。目標と方針を立て、効率よく仕事をこなし成果を上げると言ったことの出来る環境とは言い難いところです。日本からの赴任者に取って、そういう環境の中で粘り強く仕事をすることが一番難しいことかもしれません。しかし、相手国人の怠惰さを口実にして任務を放り出すことのないように頑張りたいものです。

 

2−6 単身赴任か家族帯同か

単身赴任か家族随伴か、

 

海外赴任は、赴任する者残留する者双方にとって大きな人生の転機になります。進学等それぞれの問題があることですが、筆者個人としては、老齢者介護などの決定的理由がない限り、出来るだけ家族一緒に赴任するようお奨めします。その理由は、


(1)海外赴任の苦労を分かち合う事は、家族の結束を固める又とない機会になります。
(2)子供について言えば、これからの社会はいずれこれまでの日本風学歴重視社会から実力主義に急速に移ります。外国生活経験は、実力主義に必要な広い視野と柔軟な思考力を養います。 仮に高校・大学進学が多少遅れたとしても、長い人生を送る上での実力が函養される機会と考えればむしろ歓迎すべきです。それでなくても大学浪人は今日普通のことではありませんか。なお、小・中学生については、日本人学校のあるところでは、国内以上の授業が受けられますし、日本語学校の無いところでも、小学生の勉強の遅れについては、日本語力を積極的に維持し通信教育などの補修手段を取れば、殆ど心配する必要はないようです。


家族同時赴任か呼び寄せか


巣を作ってから家族を迎え入れた方が、家族に取って苦労が少ないだろうと言う考えは、優しくかつ実際的で頷けます。しかし、筆者個人としてはあえて家族揃って赴任する事をお勧めします。その理由は主として次の様なことです。
(1)苦労は、終始家族一緒に味わうことが望ましいことだからです。
(2)赴任作業(引越・渡航作業)を2回重ねる事になり、後から出発する奥さんにかかる負担がむしろ大きくなります。
(3)家の選定は、生活の快適性を保証する基本でありますが、一度決めたら容易に変える事が出来ない重要なことです。途上国では家の出来がまちまちなので、最も家に長くいる事になる奥さんに自ら見て貰い判断して貰うことが重要です。

2−7、赴任者の生活環境

 

途上国では、効率的な事は望めませんが、日本で欠けている時間と心の余裕がいっぱい得られます。暮らしの環境については、途上国でも現に沢山の人が生活しているのですから、医療施設など必要な社会の仕組みは一応揃っており、生活に欠かすことの出来ない品物の入手にも支障はありません。つまり、現地流に生きるつもりならば、生活には全く支障がないと言えます。また、途上国でもお金持ちも必ず居て、その金持ちを対象としている店もきっとあります。

従って、生活について過度の心配・用意は無用です。とは言っても社会インフラ(電気・電話・上下水道・警察力・行政力)の質が低く薄弱なことは日本と比べ最も違う点でしょう。


衛生

 

確かに途上国の衛生水準は低く、病気も沢山あります。然し、赴任者の日常の生活環境ないし行動範囲は、その国の一般大衆とはレベルが違うので、医療常識を守っていれば、ビクビクする必要はありません。むしろ持病についての配意が必要でしょう。
(1)ただし、最低限の自衛的な予防接種は必要です。
(2)現地医療機関現地医療機関の技術的レベル、施設のレベルには、地域によって大差があり、日本に劣らない水準の医療施設がある所もあれば、歯科治療や小手術でも慎重に選ぶ必要がある所もあります。現地の医療機関の利用については、赴任地の日本人会が最新情報を持っています。
(3)海外旅行に必要な医療情報(例えば食事の注意や感染症の流行情報)は、インタ−ネットでも得られます。

 

            http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/iryo/index.html

            http://malaria.himeji-du.ac.JP/IPulic/malaria-net-j/home.html


安全対策・危機管理


(1) 治安の度合いは、国・地域によって大差があります。海外での防犯常識に従って(日本人は、犯罪への自衛意識を持っていないとよく指摘されます。)行動する限り、犯罪に巻き込まれる恐れは高いとは思いませんが、在外公館や先着長期滞在者のアドバイスを良く守り、常に油断しないでください。なお、各地に日本人同士で組織する治安対策連絡網があります。
(2) 特に政情不安な国では、緊急国外脱出しなければならない事があるかも知れません。そのような場合には、事前に治安対策連絡網を通じて在外公館から情勢報告や警告がありますが、常にある程度の脱出用非常資金を自宅に用意しなければならない国もあるかも知れません。海外赴任に関連する安全情報は、下記で得られます。
      外務省海外安全センタ−(Tel:03-3581-3749)


      http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/kaj/index.html


(3) 途上国では、一般に自動車も道路も交通安全設備も整備が悪く、運転も交通法規を守らず大変乱暴です。特に子供には交通安全に注意するよう教えなければなりません。自分の運転に注意する事もさりながら、他の自動車の出方・運転振りを絶えず窺って運転しなければならないところが日本と違うところです。 


3、海外赴任の進行のあらまし

 

海外赴任作業は多岐にわたります。まず、海外赴任についてのあらましを頭に入れ、次いで詳細計画に進む事が能率的です。海外赴任で心得なければならない事項にはにはどんなものがあるのか、別表により概観してみましょう。なお、詳細は付録の「海外赴任作業チエックリスト」に記載してあります。

海外赴任で、処理しなければならない事は後から後から増えて来る一方、出発する日は待ったなしでやって来ます。ラストスパ−トを効かせる積もりで処理を後にのばすことは大変危険です。

進行

作      業

備   考

現地適応準備

身分、業務内容、手当等処遇の把握

担当者と十分に打ち合わせる

赴任国国情、海外生活・赴任要領の収集開始

市販参考書その他も利用

赴任準備段取り表作成   

赴任準備は家族全員で

携行品準備リスト作成

情報により逐次加除して行く

派遣前研修受講(任務・処遇・防犯・衛生・生活上の基礎知識、語学等)

出来れば家族も受講

渡航準備

健康診断受診、予防接種、歯治療

赴任先国によっては、査証取得に指定診断書提出の必要あり

必要携行資金検討

 

残留家族への措置(生活費・医療保険手配)

 

旅券・査証取得。国際免許証取得。転校準備

旅券・査証は取扱旅行代理店と連絡取りながら

渡航手続・出発

転出届、税金、年金、健保等に関連する届出。廃車手続等

 

別送荷物の発送

別送品があるとき

赴任旅費・在勤手当前渡金の受取資金の携行準備(外貨交換)辞令・旅券・航空券受取経由地ホテル予約確認現地出迎確認

 

到着

入国・通関・現地通貨少額交換。ホテル入り。

出迎えの有無要確認

先任者の着任時説明・アドバイス受け。

着任事務処理、業務・生活上の留意事項など

在勤俸受取銀行口座開設。手当支給元への通知

 

在留届提出、日本人会加入

 

傷病保険加入

出発前に駐在員保険に加入していなかった時

現地生活

業務面

着任挨拶・着任報告

配属先・得意先等

業務実施計画作成・報告業務開始

 

生活面

学校入学

 

住宅探しと決定・住宅手当認定申請

 

家具・自動車等

(自動車は保険加入)

購入

 

受取

別送した場合

使用人雇用

雇用する場合

家族呼寄せ

随伴家族後発

 

一時呼び寄せ

 

旅行   

日本一時帰国

休暇・冠婚葬祭一時帰国、その他

任国外への旅行

近隣国旅行・保養旅行等

交際

公的、私的

日本人・相手国人

傷病・死亡

任国内、一時帰国中

派遣満了・帰国